東京地方裁判所 昭和45年(ワ)4816号 判決 1972年7月29日
理由
(争いない事実)
請求原因第1ないし第3項の事実、および同第4項のうち被告が原告主張の約束手形金債権の支払いのために本件売掛金債権の譲渡を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない(原告は、第一次的に右債権譲渡が右約束手形金債権の支払いに代えてなされた旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。)。
(危機否認)
《証拠》によれば、被告が請求原因に対する答弁第2項で主張の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はないから、本件売掛金債権の譲渡は、被告主張のごとく破産会社の本来の義務に属する担保提供の行為であるというべきである。
それ故に破産法第七二条第四号に基づく原告の否認権行使は、理由がない。
(故意否認)
《証拠》によれば、破産会社は、第一一期営業年度末(昭和三年九月三〇日)において、すでに次期繰越欠損金二二万三三二二円・末収入金五二四万七四一三円(回収不能の不渡手形による実質上の損失)を擁し、そのほかに簿外も含めて約一〇〇〇万円の融通手形による支払債務を負つていたが、その後の経営好転は見られず、資金繰りも悪化の一途を辿り、昭和四四年七月には、支払手形や小切手の不渡りを出し買戻し等によつて急場を凌いだものの、従業員の給料にも未払いを生ずるに至つたもので、このような時期に、本件の債権譲渡がなされていることを認めることができる。
右認定の事実によれば、本件債権譲渡は、破産会社の業績が不振に陥り、資金繰りも悪化して債務超過の状況にあるときになされたものであるから、これによつて、一般債権者の共同担保が減少し不足を生ずるに至るのは否めないところであろう。しかし、右債権譲渡は、前叙のように、満期の到来した破産会社振出しの見返り手形につき、その支払の猶予を受け、かつ、被告振出しの融通手形(それは、既に割引かれて破産会社の営業資金に充てられていた。)につき、被告の資金で決済をえて破産会社の割引先に対する手形割引による債務を免れさせるために、右の見返り手形支払の担保としてなされたものである。このことを実質的にみるならば、破産会社が、経営上の債務(融手割引によつて割引先に負担した債務)の弁済(融手の決済)資金を借入れる(その支払期まで見返り手形の支払猶予)ために、その担保供与として本件債権の譲渡をした場合と同視してもよいと思われる。そして、当時、このような措置を採ることが、破産会社の資金繰りを助けるために必要であつたことは、《証拠》によつて明らかであり、また、譲渡にかかる売掛金の債権額は、被担保債権たる見返り手形金の額面に等しいのである。
このような債権譲渡は、破産法第七二条第一号に基づく否認権行使の対象にはならないと解するのが相当である。
(結論)
よつて、その余の判断をするまでもなく、原告の請求は失当として棄却
(裁判官 佐藤邦夫)